もう縁が切れた人だけど

もう縁が切れた人だけれど、今年の2月までは付き合いがあった。

3月に母が他界したので、3月には付き合いがなくなった。

縁が切れて良かったと思っている。

今まで担当してもらったケアマネの中で最悪な人だった。

初対面からして印象が悪かった。

やっとのことで見つけて入所した施設だったのに、「特養施設を探した方がいいです」と何度も何度も言われた。

挙げ句の果てに、勝手に病気になって休まれた。

そこで誰か別の人と変わってくれればまだ良かったのに「回復しました」とか言って、あったのが2月。

3月に入って「そろそろ面談の予約をしておこうか」と思っていたら、思わぬ母の急逝。

向こうもびっくりしただろうが、こっちもびっくりした。

開業医(耳鼻咽喉科)にかかって治療を受けて、施設まで送り届けて、家に着いた途端連絡が来た。

「お母様の呼吸が止まってしまったので、救急車を呼びました」と。

病院に搬送されたが翌日未明に死亡確認された(担当医が、以前かかっていた内科の医師だったのは驚いた、向こうもだけれど)。

ケアマネからは「会って話しましょう」と言われたが、こっちも色々と忙しかったので「このままお別れしましょう」と言って、縁を切った。

何を話をしようというのだ。担当した人は亡くなってしまったというのに。

思い出話だったら、ケアマネよりは施設の人とした方が良かった。

(実際そうだったし)。

今までのケアマネの中では一番年は近かったが、考え方はまるっきり違う。

なので、もしもの話だけれど、母が助かったなら、ケアマネは変えてもらうように施設に言ったと思う。

まあ、助からなかったので、普通に縁を切ったのだけれど。

もう会うこともないだろうから、本当に良かった。

50代以上がパソコンやスマホを使いこなせないって、誰が決めつけている?

パソコンやスマホを50代に入ってから使おうと思うと、戸惑うことが多いかもしれない。

私は、スマホはともかくパソコンは30代の終わりから使い始めた。

スマホに至っては、40代の終わりに近い頃から使い始めた。

それも、スクールとかに通わず、独学で。

私がパソコンを個人的に使い始めた頃は、企業でもパソコンが導入されているところはまだ少なかった。

書店へいってもパソコン雑誌のコーナーとか専門書のコーナーは近寄りがたい雰囲気もあった。

そういうことは気にせず、雑誌や専門書を買った。

スクールに通ったのは、資格を取りたいと思ったから。

パソコンの操作そのものは、まあできていたし。

資格だけでなく、仕事もそこのスクールでゲットできた。

夫は事務の仕事をしていたので、職場にパソコンが導入された頃は、私に色々聞いてきたものだ。

私は家族の中で誰よりも早く、パソコンやスマホを取り入れていた。

まあ、私のような人はまれで、実際は必要に迫られて?40代、50代からパソコンやスマホを始める人もいるのだろう。

パソコン教室が存続できているのは、仕事で使うとかはもちろんのこと、定年退職後に趣味で始めてみたいという人も、くるからだと思う。

なぜそんなことを知っているかというと、私が最後に通ったパソコンスクールの生徒層がそうだった。

まあ、小学生や中学生なんかもきていたけど。

パソコンインストラクターの仕事をやめてからも、パソコンを使うことはやめなかったから、少し年数が空いて、再び資格を取ろうと思った時にも、基本操作だけはできていた。

そういうのは、自然と身についているので、年数が空いたからといって忘れるものでもない。

パソコンのOSやオフィスのバージョンなんかもその都度アップグレードしていたから。

要するに、本人が「使いこなしたい」「使えるようになりたい」と思っていれば、年齢に関係なく、身につくものだと思う。

こっちの年齢を見て、「使えるはずがない」と決めつけるのだけはやめてほしい。

実際、今なんかはパソコンはともかく、誰も彼もがスマホを持ち歩くようになっているのだから。

ケアマネさんのこと

もう無関係になってしまったけれど、少しだけこの話題を語ってみる。

今までのケアマネさんの中で、一番私と歳が近い人が担当になった。

それはいいのだけれど、私がスマホとか得意とかうっかり言ったために「じゃあ、スーパーのレジの仕事なんてタルくさいでしょ」と初対面の時に言われた。

スマホが得意でも、年齢が若くないと、パソコンがらみの仕事にはなかなか就けない。

だから、妥協?してスーパーのレジをやっていた。

パソコン関連の資格を取るには、お金が必要だから。

それに仕事以外のプライベートで、私が何をやっていようが、その人には関係ないとも思った。

今は、担当していた人(私の母親)が亡くなったので、会って話すこともなくなったけれど、縁が切れてよかったと思う。

むしろケアマネでなかったら、話もしたくない人だった。