レジも接客業

レジも接客業の一種だと思う。

お客様が、買い物をしたい商品を持ってきて、支払いをするところ。

無人レジならともかく、有人レジの場合は、元気よく「いらっしゃいませ」という場所がレジである。

レジをやっていた頃に、パソコンインストラクターの仕事に応募したが、不採用だった。

レジも接客業なのに、パソコンインストラクターの仕事の方が、ステータスが高いみたいな。

接客に慣れているのだから、パソコンを教える仕事にしたって、人と人なので、同じだと思うし。

知識ならば誰にも負けない自信がある。

必要な資格はまた取ればいい。

なのに、不採用になってしまった。

知識云々ではなく、年齢なんだと思う。

教わる方も、若い子に教わる方がいいのだと。

私が通学していたスクールだったから、そんなに若いインストラクターはいなかったけれど、私の歳に近い人もいなかった。

今仕事を探しても、なかなかレジの仕事は紹介してもらえない。

作業とかレジの仕事でもフルタイムとか。

自分の希望に合わない場合は、オファーが来ても無反応で、メールは削除する。

希望を書いても、スルーされるので、書くだけ無駄。

高給とかフルタイムの仕事はいらないし、通勤に時間がかかるところもパス。

今更社会保険に入るのは嫌だ。

プロフィール欄をちゃんと埋めていないせいもあるだろうが、あまりにも前職とかけ離れているので、年齢で紹介しているのかなと思う。

日々過ごしていて、家の中の細々としたことや、犬の散歩すらなかなか行けないのに、フルタイムの仕事なんか行けるわけがない。

登録はそのままにしておくけれど、この先あまり期待しない。

スーパーで働いていた頃の話

いい年(58歳)になってからだから、馴染むまでが大変だった。

2年半働いたけれど、最後まで馴染めなかった。

新規開店当初から働いていた人と、同年代で、新規採用された。

だから、歳は近いけれど、相手はベテランという関係だった。

最初はなんでも「社員さんに聞いて」と言われて、仕事は教えてもらえなかった。

半年過ぎてからようやく社員さん以外の先輩パートさんからも仕事を教えてもらえるようになった。

基本、アルバイトで入った人には、すごく丁寧に教えていた。

パート採用で、しかもかなり歳がいっているということで、ちゃんと教えてもらえなkった。

それでも2年半持ったのは、店長が良かったから。

店長も、社員もかなり変わったので、やめることにした。

特に「引き留め」もなかったから。

「気が変わったら言ってね」と言われただけ。

そんな感じで、気なんか変わるわけないでしょと思ったけど、。

だから、辞めてからは一度も買い物に行っていない。

行く義理もないし。

嫌で辞めたんだから、今は行く気にもならない。

大幅に異動でも無い限りは。

それでも、グロッサリー担当のあの人がいる限りは、復帰はないかな。

パートは滅多なことでは辞めないんだから、むしろ丁寧に教えるべきだと思うのだけれど。

辞めてしまった今となってはどうでもいいことだけど。

思い出の一つとして

スーパーのチェッカー(レジ)として働いていた、約2年半。

楽しいことも少しはあった。

社員は若い子が多い(中には既婚者も)けれど、パートは色々な年代の人がいた。

入ったばかりの頃は、パートさんからはあまり相手にされず、社員さん頼りだったような気がする。

半年過ぎてからようやく、全員では無いが、気の合う人も少しはできた。

ただ、ラストまでいる人ではなかったのが残念だった。

ラストまでいる人は、正直いって、癖のある人ばかりで、かなり疲れた。

中には、仕事はちゃんと教えてくれる人はいた。

その人がいろいろ教えてくれたので、ちゃんと覚えることができたのだし。

後になって、その人はラストまでの時間ではなくなったので、交流もなくなった。

コロナ禍ということもあって、仕事が終わってもあまり長時間話はしないし。

同じチェッカーの人と、仕事終わってからも話をしたことは一度もなかった。

ラストまで残る人とはあまり交流がなかったので。

ただ、愚痴をこぼせる相手がいなかったのが、最後まで残念だった。

お客さんも色々な人がいるから、時には落ち込むこともあった。

特に入ったばかりの頃は、クソミソに文句を言う人(お客さん)がいたので。

仕事にも慣れてきて、うまくやっていけるようにはなってきたけれど、「レジが遅い」とか言われた。

「レジが遅い」のと「ミスが多い」のとどっちがいいのか?

レジは早くできるけど、ミスがある。(多いわけではない)。

そっちの方が、ミスはなくてもレジが遅い人よりは評価がいいらしい。

それに気づいてしまったから、やめた。

膝や腰の痛みに耐えて、ミスもないようにやっているのに、「レジを早く」「スピードを意識して」と言われて、評価も下げられた。

ひどい時には、混雑していても、2人制に入ってくれる人がいなかった。

ああ、今日も仕事頑張ったなあ、お疲れ。

と言うのを自分自身にいっていた。誰からもいってもらえない。

終わってから、話し込む人は最後の方はほとんどいなかった。

やめると分かった途端、あーだこーだといってきた人がいたけれど、余計なお世話。

今まで、私が話しかける余地を与えなかったくせして、「私に相談してくれれrば」っていっていたけれど、なんだそれ!って感じ。

だから、やめる挨拶をする時には、「時々、買い物に来るので」といったけれど、やめてからは一度も買い物に行っていない。

制服を返しに行った時も、制服を返しただけで、買い物はしなかった。

やめるほど嫌だったわけだから、買い物なんかしない。

思い出といっても、いい思い出ではなかった、最後の職場。

もう少し、いい思い出を作りたかったなと思う。

チェッカーでなければ良かったのかしら?と思う。